待つこと

2007.03.27 Tuesday

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    先日銀行に行った時のことです。
    ロビーで雑誌を読みながら手続きを待っていると、
    「もっと読みたい〜!!」
    と駄々をこねる幼い女の子の声。
    ふと目をやると、どうやらひとりで絵本を見ながらお母さんが終わるのを待っていましたが、手続きの方が早くて絵本が途中になってしまったようです。
    「もう終わったの!!」
    と、お母さんは女の子を要求を却下し、振り返りもせずサッサと出口の方へ歩いて行ってしまいました。
    泣き出しそうな顔で慌てて後を追う女の子の後ろ姿に、ちょっと悲しくなりました。ポロリポロリ
    読み終わるまで待ってあげればいいのに…
    絵本1冊に何分掛かるというのでしょうか?
    急ぐ用事があったのかもしれません。でももう少し心に余裕を持って接してあげられたら、にこにこ顔で帰っていけたでしょう。ニコニコニコニコ
     ふと、自分はどうだろう?と、考えてみました。
    余裕のある子育てをしています。なんて決して言えません。
    自分の都合を優先し、つい「早く」「ちょっと待ってて」「後で」などど言っています。待てなくて、つい手を出したりしています。
    私たちのこどもは特に、『待ってあげること』が大事ですよね。
    緩やかな成長を待つことも。
    気持ちに余裕を持って息子に関わりたい、女の子の小さな後ろ姿にそんなことを改めて思いました。
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    コメント
    待つことって大事ですよね。

    大人にとっては取るに足らないことでも
    本人にとっては大切なこともあると思う。
    自分の子どものころを振り返ってもそう思います。

    自閉症児にかかわるときは、それがわかりにくいことも多いし
    必要以上に合わせさせないようにと思っています。
    こどもの頃、いつも「早く、早く!」と母親に怒りを含む声で促されていたことを思い出しました。働く母親たちは生きていくことに精一杯で、生活の算段、段取りがあるので、とてもとてもこどもの心の中のことなどお構いなし。
    急がされ、今していたかったことを中断させられ、ギスギスした気持ちを抱えて親の言うなりに従っていました。

    自閉症のこどもを持って、まだ新米母だった頃、どうやってこの子を遊ばせたらよいのだろうか、ということばかりに気持ちが向いていました。普通の子だったら、しつこいくらいに絵本を読んで欲しいとか繰り返しを求めたりとか、時間がいくらあってもアッという間に過ぎてしまうくらい苦もなく遊び続けられるというのに…。
    ワケのわからない長泣きや大泣きに苦しむ親子ともども。

    そんなある日、私に下腹の痛みがあり、婦人科を受診しました。その病院はその科が有名だとかで、大変長い時間を待たされることになりました。(もちろん、私一人で病院へは行きました)
    病院の待合室の長椅子。私の横には若い綺麗なお母さんと4歳くらいの女の子。
    「ねぇ、ママ、ここ、見て、読んで!読んで!」と。
    でも、そのママは、しらーん顔して雑誌に目を落としたまま。挙句の果てには「うるさいなー。静かにして。」と。

    (私、ずーっと順番くるまで、読んであげてもいいんだけど…。この母親は、何を惜しんでいるのかなぁ…勿体無いなぁ。)と、実際私には得られない幸せを羨ましく思っただけではなくて、自分だけ小奇麗にして足を組み週刊誌没頭する姿に嫉妬のようななんとも言えない怒りを覚えました。

    けど、そんな光景は、銀行でも病院でも、いたるところで展開されていて、なーんだ、私がヘンなのかもしれないんだ、って思うことにしました。

    それとは別に、自閉症の子は待つことが大の苦手ですよね。
    見通しがわかることは大丈夫になってくるのですが、初めての場所なんかでのセレモニーなどは特に。

    うちは、バスを待つことが本当に苦手な子でした。
    「バス、来る、バス、来る」と言っては、ギャーギャー泣きました。こればかりは、予定通りピッタリに来ないので、『実施訓練あるのみ』で、世の中には、そういうこともある、ということ(諦めが肝心)を教え続けるため、バス停でたくさん泣かせました。
    • by ウーピーです。
    • 2007/04/10 9:51 AM
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